ちゃおちゃお的美術講座


「三位一体」
 三位一体 これは難しいテーマです。ちゃおちゃおに説明できるかどうかわかりませんが、やってみましょう。間違っている可能性もありますので、そのときはごめんなさいね。

 キリスト教は元来ユダヤ教から「イエス=キリスト」を神として奉じる新派として分立したものです。新約聖書にはイエスは「神の子」と書かれています。われわれ異教徒としては別に「それがどうしたの」ぐらいの感想しかないのですが、実はこれが大問題なのです。
 イエスが「神の子」であるということは、当然「父なる神」がいて、そちらのほうがイエスより偉いのではないかという疑念がいろんな人から出されたのです。
 
 また聖書には「聖霊」というものがよく出てきます。人々がこの聖霊に満たされると、神の力の助けを得て、奇跡を行なったりします。マリアには聖霊が下ってキリストを宿します。キリストも洗礼の後「聖霊が下ってきた」と聖書に書いてあります。となると、キリストの行った数々の奇跡も聖霊の力があったから?と当然思われるわけですよね。
 
 キリスト教はユダヤ教と同じ一神教です。自分たちの神様以外に一片たりとも他の神があってはならないのです。教会としてはここは絶対に譲れない!!
..ということでキリスト教全体を巻き込んだ大論争が起きてしまいました。今でこそ、こんなこといくら考えてもしかたがないとも思うのですが、初期のキリスト教を維持発展させるためにはなんとしても克服しなければならない課題だったのです。
 
 すったもんだの議論のあげく、カトリック教会は
「父なる神 聖霊 子なるイエスキリストは実は一体なのである。つまり三位一体。それ以外の説を唱えたら即死刑!!」
と決めてしまいます。
 
 しかしながら人間の理屈で勝手に決めているのですから、当然いろんな反論が後を絶ちません。例えば、「イエスは救世主という霊的存在の地上における仮の姿にすぎなかった。従って彼の肉体そのものには価値は無い。」「イエスは神と似たものではあったが、その被造物に過ぎない」云々..教会はそれらの意見をほぼ全部「異端」として断罪し、信者を根絶やしにして自分たちの信仰を守ります。そして「三位一体」というテーマは教会の中で「キリスト教の勝利(=カトリック教義の「異端」に対する勝利)」を誇る意味で飾られるようになったのです。結構怖いですよね。
 
 絵の中で、父なる神は老人に、キリストは比較的若く、聖霊は鳩で描かれることが多いようです。一番手前にキリスト、その後ろに父なる神、そして鳩ぽっぽが上を飛んでいる、という構図を良く見ます。
前になにかの美術書で、聖霊も人の形をとっている絵を見たことがありますが、キリストの横にお爺さんが2人並んでいるようで、とても変な感じがしました。やはり鳩あたりが構図的に無難なんでしょう。
 

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