フィレンツェ人物伝


塩野七生
 
 日本人のフィレンツェ人。今はローマに住んでいるらしい。著作家として有名。 処女作「ルネサンスの女たち」により一躍多くのルネサンスフリークの心の母となる。
 「ルネサンスの女たち」は当時はまだ比較的珍しかった女性史もののはしりであり、歴史の陰に隠されがちな女性たちの姿を活き活きと描いた傑作である。「極道の女たち」などは所詮このモチーフのいただきであると考えている。ルクレツィア・ボルジアの章は特に秀逸であると思う。この本でボルジア家というものを知った日本人は推定400万人にのぼる。(うそ)  
 その後「チェーザレ・ボルジア 優雅なる冷酷」「海の都の物語」「わが友マキャヴェッリ」「神の代理人」などの快作を次々に発表。不動の地位を築く。 
  その書中で特にチェーザレ・ボルジアを高く評価している。チェーザレすなわちシーザーの名をもつこの若者はルネサンス最大級の単なる極悪人として有名であったが、書の中では「彼の野望の中にこそ当時のイタリア統一の希望があった」という視点から比較的前向きにチェーザレを捉えている。マキャヴェッリの影響であろうか。「美しき悪」というモチーフに言い知れぬ魅力を感じているように思われる。
 また、都市としては政争続くフィレンツェに見切りをつけ、ヴェネツィアに肩入れをしている。彼女の影響でチェーザレとヴェネツィアを好きになった日本人も多い。(はず)  
 
 文体はわかりやすくかつ歯切れよく、竹を割ったような口調で歴史の裏を説いてみせるので、読みながら爽快な気分になれるのも特徴である。 ただ、どちらかというと美術や芸術ものよりも政治、しかも裏の政治に興味があり、著作が政治、政治家に関するものに偏っているのは否めない。 

 近著「ローマ人の物語」は大作である。あまりに大作で、読んだ端から忘れてしまうのが難。(ちゃおちゃおだけ?)老後の楽しみに向いている。 
 ずっと以前NHKBSのイタリア紹介番組に登場し、話がイタリアの美食のことに及んだ際、思い切りはにかみながら「わたしは江戸っ子なもんで、もうひじきが食べたくて食べたくて」と言っていた姿に好感。きっといい人に違いないと思った。
 

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